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| ランチェスター戦略エピソードvol.1 |
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世界で初めて、戦争の戦略をマーケティング戦略として再構築を成功させ、日本の経済の発展に貢献した田岡信夫が、生涯をかけて研究をし、世の中の偉大な遺産となったランチェスター戦略と遭遇したのは、人生の中で一番辛く苦しい不遇の時でした。ピンチはチャンスと申しますが、全くのピンチに陥った時でした。
田岡は当時、南博社会心理研究所の主任研究員でした。当時、南博士は大変な売れっ子で、講演依頼、原稿依頼、出版依頼が殺到していて、先生は講演活動で日本中を飛びまわられ、田岡は雑誌原稿、本の原稿等、先生の代わりにこなしておりました。締切のある仕事なので、当然の事ながら、徹夜の日々が重なり、とうとう過労が祟り、喀血をしてしまい入院生活になりました。
働けない身体になり、世の中に取り残される様な、焦燥感で苦しい日々を過ごしました。その時、一番初めにお見舞いに来て下さったのが、女優の東恵美子さんでした。東恵美子さんは、南先生の夫人でしたので、先生の代わりにいの一番にお見舞いに来て下さったとのことでした。とても嬉しかったと後々まで懐かしんでおりました。
でも幸いに、肺病というのは痛い所がある訳ではなく、栄養のあるものを食べて安静にしていれば良いので、毎日毎日、本を読み通しておりました。そんなある日、お天気も良く暖かい日でしたので、散歩がてらに古本屋を漁っておりましたら、ふと目に留まったのが、薄い冊子でした。ランチェスター戦略という戦争の戦略があり、第二次世界大戦で連合軍がそれを使ったとの文章があり、大変興味を持ったのです。それを読み、もしかしてマーケティングに使えないか?と閃いたのでした。まさに入院生活がもたらせてくれた運命の出会いでした。ピンチの時にこそチャンスはあるようです。

ランチェスター協会理事長 田岡佳子 |

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